【長州力はしょっぱい!】ブロディが新日本で起こした3つのボイコット事件と後年の刺殺事件の関連とは? #プロレス #格闘技 #アントニオ猪木って動画が話題らしいぞ
【長州力はしょっぱい!】ブロディが新日本で起こした3つのボイコット事件と後年の刺殺事件の関連とは? #プロレス #格闘技 #アントニオ猪木が面白い件について・・
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toshihanai1971@gmail.com新日本プロレスの王座の一つである「IWGPタッグ王座」は、2023年6月時点で、後藤洋央紀とYOSHIーHASHIが第99代王者となっている。
では、IWGPタッグ王座がいつ始まり、初代王者がだれだったか、王座決定戦の対戦カードがどうだったか、皆さんは知っているだろうか。今回は、この初代IWGPタッグ王座決定リーグ戦の決勝戦に大きく関わった、”インテリジェンスモンスター”、ブルーザー・ブロディの話である。
1985年5月、藤波辰巳&木村健吾組がWWFインターナショナル・タッグ王座の第8代王者となった。しかし、そのわずか5ヶ月後にWWFと新日本の業務提携が解消され同王座は封印されてしまった。そしてそれに代わるタッグ王座として新日本が新設したのが「IWGPタッグ王座」である。
85年11月から12月にかけて「IWGPタッグリーグ戦」が開催され、優勝チームが初代IWGPタッグ王者チームに認定されることになった。12月22日に宮城県スポーツセンターで行われた決勝戦のカードは、アントニオ猪木&坂口征二VS藤波辰巳&木村健悟だった。この試合では、ドラゴン・スープレックス・ホールドで藤波が猪木から3カウントを奪い、藤波&木村組が初代王者に輝いた。
だが、この決勝戦で戦った藤波組と猪木組は、実はどちらもリーグ戦の得点では2位同士だった。1位はブルーザー・ブロディ&ジミー・スヌーカ組だったのである。ところがブロディ組は、試合当日になって出場を勝手にやめてしまい、会場には向かわなかった。ブロディが新日本と契約していたのは85年3月から86年11月までの1年8ヶ月。この短い期間にブロディは未遂も含めて3回も試合をボイコットしている。このIWGPタッグ王座決定戦のボイコットはその2回目だった。
#プロレス #格闘技 #アントニオ猪木
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